のぞみがおか生楽館
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歴史講座

 

◆R4 11/29 歴史講座「秋の大宰府散策」

 

今回の講座は電車に乗って大宰府へ。
晩秋の太宰府は、天満宮やその周辺を紅葉が艶やかに彩り、観光客の姿も数多く見られました。
まず始めに菅原道真公のゆかりの地、枯山水の庭園でも有名な「光明禅寺」を訪れましたが、改修工事のためこちらは外から拝観するのみ。2023年春まで拝観はお預けです。
天満宮境内の樹齢1000年を超えるクスノキを眺めながら、太鼓橋を渡り、「太宰府天満宮」本殿へ。天神さまをお祀りする全国12000社の天満宮の総本宮としても知られ、学問の神さまとしても有名です。当日も国内外から多くの団体客でにぎわっていました。
本殿を通り抜けると、「お石茶屋」、麻生太吉が寄進した赤レンガ造りの「お石トンネル」を見学。帰りは歴史の道を歩いて「観世音寺」「戒壇院」へ。天平18年(746)に完成した九州の寺院の中心的存在として多くの御堂を構えていたとのこと。しかし、現在は江戸初期に建設された二堂を残すのみ。ここを訪れる人は少なく、静かなたたずまいの中にありました。

小郡市埋蔵文化財センター職員の方より、太宰府の歴史的な背景を聞くことで、太宰府の地が今でも延々と歴史や伝統を今に伝えていることに感銘を受けました。お土産に買った「梅ヶ枝餅」の歴史の一端にも触れた楽しい一日でした。

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◆令和4年 11/9 歴史講座「宮本武蔵の足跡を辿る」

 

宮本武蔵が晩年を過ごした熊本、そのゆかりの地を巡りました。

最初に訪れたのは、武蔵の墓がある武蔵塚公園。園内には、両手に太刀を構えた武蔵像や塚の石碑があり、自身の生き方を記した「独行道十九条」も掲示されていました。

次に熊本城。客分として細川藩に招かれた武蔵は、この城のすぐ近くに居を構え、藩士に剣術や兵法を指南しています。当時の様子を偲びつつ、地震の傷跡が残る櫓、長塀、天主閣などを巡りました。

昼食後、最後の訪問地である雲巖禅寺に移動し、その裏山にある雲巖洞を見学。武蔵はこの洞窟にこもり、「五輪書」を書き上げたと言われています。人里離れた薄暗い洞窟の中からこの書物が誕生したことに、皆さん大変驚かれていました。

わずか5年ながら、この熊本で晩年を力強く生きた武蔵、その姿を偲びつつ帰路につきました。

(なお、途中、荒尾市に立ち寄り、明治から大正にかけて自由民権運動や、辛亥革命の協力 
 者として活躍した宮崎兄弟の資料館を研修)

 

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 武蔵の墓がある武蔵塚公園  熊本城の天主閣内
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 熊本城の復旧した天守閣
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 雲巖禅寺の参道  武蔵がこもった雲巖洞
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宮崎兄弟資料館の展示室 孫文も訪れたという宮崎兄弟の生家

 

 

 

◆令和4年 1/11 歴史講座「佐賀トリビア」

佐賀の歴史を学びました!

 

 「佐賀トリビア」と銘打って、神埼市と佐賀市の史跡や神社、資料館などを巡りました。

 神埼市では、現地ガイド同行の下、次の3か所を訪問。

 博多櫛田神社の元宮である櫛田宮、長崎街道の一里塚の中で唯一現存する「ひのはら一里塚」、宿場町の面影を残す町並(町割)を研修し、長崎街道の主要な宿場町としてだけでなく、日宋貿易の交易地として栄えた時期もあったことに驚かされました。

 次に訪れた佐賀市では、復元された佐賀城本丸、大隈重信の生家や、記念館内の甲冑、銃砲、刀剣、古図などを拝観し、江戸後期から明治の頃の佐賀、その時代に活躍した佐賀の偉人について学びました。

 次の訪問先へ移動する途中、「肥前ビードロ」の工場に立ち寄って佐賀の伝統工芸にも触れ、最後に、肥前国庁跡を研修。寒風の中、正殿の跡地や、復元された南門や築地塀などを見学し、整然と配された礎石に往時を偲びつつ最後の研修地を後にしました。

 盛りだくさんの研修でしたが、参加者の皆さん、トリビアはありましたか。

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櫛田宮 佐賀城本丸歴史館
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 佐賀城本丸歴史館  大隈重信の生家
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肥前ビードロの工場 肥前国庁跡
   

 

◆R2  1/14  歴史講座「福岡鉄道遺産を巡る」

明治から昭和初期にかけて建設された筑豊地方の鉄道遺産を訪ねました!

 

平成筑豊鉄道田川線では、100年以上経った今でも使用されている中津原3連橋、内田3連橋、油須原駅舎、石坂トンネル等を見学し、当時の土木・建築技術の高さに改めて驚かされました。

 また、石炭産業が衰退、過疎化する中で廃線となった旧JR上山田線や添田線では、使われなくなった駅舎や線路は公園や道路に姿を変えたものの、橋梁やトンネルは当時の姿を数多く残していました。

これらは当時の面影を伝える貴重な施設群であり、”鉄道遺産”と呼ぶに相応しいものでした

 

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     明治28年以来続く内田3連橋
   廃線後、公園になった旧JR上山田線大隈駅の跡地